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2012年6月1日金曜日

ちの男女共生ネット第1回勉強会、成功裡に終了、丸岡秀子はなぜ今必要なのか?


@@@@やまねこ通信198号@@@@
  
◎ちの男女共生ネット第一回勉強会が5月26日終わりました。幸い
好天に恵まれ、50人をこえる方々が参加してくださいました。
託児サービス付きだったので、子育て中の若い母親、それに夫婦
での参加者があり、老若男女がほどよく混ざり合っていました。

日程は、前半が『丸岡秀子 ひとすじの道』上映、後半が映画を踏
まえてのワークショップでした。

休憩をはさんでのワークショップでは、6~8人の5グループに分か
れ、丸岡秀子について。この国の社会は男女平等だろうか?どの
点で平等であり、どの点では不平等か?男女平等にするにはどう
したら良いだろう?などの課題について真剣に語り合いました。

18分ほど語り合ってから、報告者が立ちあがり、グループごとの
話題を全員に伝えました。

◎4月26日、ちの男女共生ネット、キックオフの会以後、7人の運
営委員、それに会員は、それぞれの個性を生かし、力を合わせて、
第1回勉強会開催に漕ぎつけました。

様々な仕事がありました。チラシ作成と配布、前売券作成、前売
り券販売と委託、様々な団体への配布、幼稚園でのチラシ配布取
り付け、新しい会員の発掘、会員への連絡、託児サービスの保育
士さん探しと連絡、家庭教育センターから敷物や長座布団の運搬、
保険の加入、会場の使用届、司会と報告者の打合せ、運営委員の
映画試写会、イベントの記者会見、イベントの資料作り、アンケ
ート作り、次回のイベントチラシ作り、チラシや資料の点検作業、
受付業務、駐車場案内係のアルバイト学生との連絡、謝礼支払い、
会場キャンパスの掲示配置と片付け、臼田訪問ビデオ編集、ワー
クショップでの報告者選びの指示、26日イベント後の打ち上げ会
場探しと予約など、とても書ききれません。

打ち上げは、蓼科ビーンズ、ゆば工房で生ゆばのフルコースを頂
きました。女性が一人で経営しているお店。応援できるといいな
と思いつつ。

◎この中で、たくさんの新しい出会いがありました。当日の入会
者もあって、現在会員数31人です。

第2回7月28日(土)は丸岡秀子著『ひとすじの道』第1部の読書
セミナーです。3部にわたる長編小説。読み通すには時間が必要
ですからなかなか大変です。

目下、『ひとすじの道』第1部の発表者を4~5人募集してます。
それぞれの関心での読後感を、原文を引用しながら15分ほどで発
表していただきます。

始めにストーリーの流れが原文の引用付きで解説されるので、セ
ミナーに参加するだけで、一冊読んだような気持になれ、得るも
のがあるイベントにしたいと思っています。


◎次は、当日の資料「今、なぜ、丸岡秀子が必要か?『ひとすじ
の道』に「わたしたちの物語」を見つけよう!」と題した文章で
す。筆者はやまねこ。

◎自伝小説『ひとすじの道』を基にしてこの映画は作られました。
信州中込育ちの丸岡秀子は生みの母を生後10か月で失い、祖母の
下で育てられ、「ばあさん育ちは三文安」との陰口の中、労働の
厳しさと喜びを祖母から教わりました。小説は、育ての母である
祖母への鎮魂の書でもあります。

丸岡秀子は1955(昭和30)年、平塚らいてうに勧められ、第1回
母親大会代表になりました。女たちが提唱した「母親大会」は、
戦後の民主的社会を自分たちの手で生み出すことに意欲的な女
たちの活動の中心でした。前年1954(昭和29)年、第五福竜丸
事件を機に、杉並の母達が原水爆禁止署名を開始。3000万筆を
集めた時代でもありました。この時期、陰では原子力平和利用
の名のもと、原発計画が進んでいたのです。

男女平等の進んだ北欧、オランダ、デンマークの国々では、戦
後の人手不足の時代や経済成長期に、女性が職場に進出し、政
治、経済、社会、教育、医療のあらゆる面で政策決定に参加し
ました。その結果、子育て、教育の制度が改善され、社会全体
が活性化し、暮しの豊かさが感じられる仕組みが生み出されて
います。

しかし日本社会はこの道を選択しませんでした。1945(昭和20)
年敗戦後の平和憲法は男女平等を謳っています。ところが戦後
間もなく米ソ冷戦が激化し、資本主義経済の極東における看板
として、日本の経済成長が最優先されるようになる中、民主化
政策特に男女平等政策は改革が停止しました。母親大会のころ
が、女性の力を示したピークだったのです。その後、戦前体制
への逆行が始まります。高度成長とその後のバブル経済の時代、
女たちは「企業戦士」の夫を支える「専業主婦」として、再び
家庭に戻りました。
  
現在、世界経済フォーラム「世界男女不平等指数」(2010(平
成22)年)で、日本は世界137カ国中97位の不名誉な地位にい
ます。 
    
2011(平成23)年3.11は多数の犠牲者を生み、国民が何も知ら
されていなかったことを確認した「第二の敗戦」でした。すで
に非正規雇用が世代性別を超えて広がっています。社会のあら
ゆる場面で女性が男性と同様に政策決定に参加できる社会を作
り、女性も男性も「自分らしい」生き方を選び、自然エネルギ
ーの方向に転ずる以外、この国の未来はあり得ません。

3.11後の今日を、1955(昭和30)年第1回母親大会の歴史に同
期させ、丸岡秀子の活動に学び、応用することで、この国の社
会を男女平等に向かって進めてゆきたいと、私たちは考えてい
ます。(以上)


うらおもて・やまねこでした。

2012年5月19日土曜日

日経だけが報道した「事件」、「長時間労働是正を」女性経営者ら経産相に注文


@@@@やまねこ通信197号@@@@

日経だけが掲載した「事件」

●女性経営者たちが、「長時間労働を強いる企業は、行政と
の取引関係の強い企業である」と、経産相に改善を求めた。

長時間労働を放置すれば、その企業で働く勤労者は、出産子
育てに時間を割くことが出来ない。子育てが、社会の将来を
作る不可欠の仕事であることを、考えたことのない社会や組
織だけが、長時間労働を黙認するだろう。

ところがこの国では、国の機関である官公庁と、官公庁との
取引関係の強い企業こそが、長時間労働の最たるものである
と、記事は語っている。

枝野経産相は弁解する。経産相は「霞が関の残業時間が長い
のは(国会対応など)永田町という取引先があるから」と。

けれど、小室淑恵社長から「相手のせいだと思っていると、
(長時間労働の習慣は)変わらない」と詰め寄られた。

この事件が語るのは、国の行政が、子作りと子育てを社会の
中心的課題と、今なお考えていないことの何よりの証拠であ
る。

官公庁の長時間労働は、「国を背負うエリート」の誇り高い
仕事の証明、取引企業は「お上の仕事を受ける立派な企業」
の証明と受け止められ、男性ばかりが参加できる「メンズ・
クラブ」をなしているらしい。

話は変わるが、内閣改造の際に、「実務型」内閣と呼ばれる
組閣をする場合、女性の入閣が少ない。「仕事をするのは男
性」であると、政府が国民に向って、アナウンスしていると
同じである。

長時間残業をする男性たちが「国を背負うエリート」である
ことを当たり前とみなす社会は、女性がキャリアや将来の夢
・希望を投げ捨て、子どもを作ったら専業主婦になることを
当たり前とみなす社会である。

わたしたちの暮らすこの国は、まだこんな段階なのだ。
経産相に女性経営者たちが異議を唱えた「事件」。

ところが日経以外の新聞は、そこにニュースヴァリューを読
み取ることができず、記事にもしなかったと見える。

日本社会はまだ、「男は外」「女は内」のジェンダー役割分
業の殻を壊していないことに、まだ、気づいてさえいない。


以下、日経ウェブ記事引用。

行政との取引関係が強い企業の社員ほど長時間労働している
――。枝野幸男経済産業相は17日、経産省内で女性経営者ら
と懇談し、こんな指摘を受けた。女性が出産や育児に専念し
つつ社会にも進出するには、企業の長時間労働という慣習を
見直すべきだとの注文が相次いだ。

 IT(情報技術)関連企業のネットイヤーグループの石黒
不二代社長など8人の女性経営者が集まった。

 行政との取引の多さと労働時間の関係を指摘したのは、仕
事と生活の調和を助言するワーク・ライフバランスの小室淑
恵社長。経産相は「霞が関の残業時間が長いのは(国会対応
など)永田町という取引先があるから」と返したが、小室社
長から「相手のせいだと思っていると、(長時間労働の習慣
は)変わらない」と詰め寄られた。

 コンサル経営のイー・ウーマンの佐々木かをり社長は「女
性が働くことの経済メリットを示すデータをどんどん出し
ほしい」と求めた」。

この問題について、やまねこ通信バックナンバーをご訪問く
ださい。

女性の力が生かされてない日本社会を見て、中国人の女性た
ちが吃驚しています。やまねこ通信150号

男女共同参画はなぜ必要か?やまねこ通信160号

男女の社会的格差をあらわすジェンダーギャップ指数、日本
138カ国中98位 やまねこ通信149号


うらおもて・やまねこでした。

2012年5月17日木曜日

「第四の消費」の時代、だから、「ちの男女共生ネット」が必要とされている


@@@@やまねこ通信196号@@@@

 三浦展氏は、パルコの雑誌『アクロス』編集長として出発。
ずっと若者の消費論を展開し、『下流社会』でブレークした
。新刊『第四の消費』(朝日新書903円)が出た。書評が毎
日新聞(5/13)に登場。評者は手塚さや香氏。

ちの男女共生ネットを立ち上げたばかりのやまねこの思いと、
この本の関心があまりにも近いことにピンと来たのでご紹介
しよう。

「物」から「つながり」の時代へ、
著者は戦後日本人の消費を研究テーマとし、消費の切り口で、
格差の拡大や少子高齢化、晩婚化などの社会現象の背景を分
析し展望を語ってきた。

今は「第四の消費」の時代という。
第一から第三の消費の時代とそれぞれの特徴は次の通り。

第一は1912年41年、大都市中心に中流層が誕生。
 national(国家重視)

第二は敗戦から高度経済成長、第一次石油ショック後の74年
まで。
 family (家族重視、家族と一体の会社重視)

第三はその後の低成長期から地価高騰、バブル崩壊の末に格
差が拡大してゆくまで。
 individual (個人重視)

そうして第四の消費が95年から07年の間に始まった。
 social   (社会重視)

第四の消費は、「物やサービスの消費だけでなく、消費を通
して人と知り合ったり、社会貢献したり、旅行先で交流する、
というように『つながり』を重視するのが特徴と分析。

90年代からフリーマーケットや古着の流行という新しい消費
動向が見られた。けれど当時は「若者論」の域を出なかった。
けれど若者たちが歳を重ねる中、脱物質的価値観が拡大。一
時の流行ではなく根源的な価値観の変化が起こっていると著
者は確信。

「物を買えば幸せになれる時代は終わり、物でない何によっ
て幸せになれるかを、多くの人が考え始めた」。
このように、消費研究家三浦展は締めくくる。

三浦展氏の『第四の消費』の書評をもとにしてここで紹介し
た。やまねこはこれから同書を購読する予定である。

三浦展氏の語る、「物」から「つながり」の変化が、「既成
組織」から「ゆるやかなネットワーク」への変化に連動する
ものと、やまねこには思われる。

孤独なゲーム遊びから、twitter、facebook、携帯メールなど
のソーシャルメディアへの変化などに思い当たる方々も多い
であろう。

同時に、生まれも育ちも一つの地域であった定住者の暮らし
とは異なって、生まれた地域から就職や結婚を切っ掛けに移
動した人々、子どもたちが外に出て行った人々、親たちの介
護のため、日常的に大きな距離の移動を余儀なくされている
人々。この人々の暮らしに連動するものともやまねこには思
われる。

やまねこの暮らす地域では、今も、旧い住民の方々が地域活
動て中心的役割を担っておられるように見える。

実は旧い住民の中でも最も旧い方々と思われる連合婦人会の
みなさまに、やまねこたちは、非常にお世話になり、たくさ
んのことを教えていただいたことを感謝している。これから
も大いに教わることがあることを楽しみにしている。
ここから、「地域に学ぶ」というアイディアが生まれてきた
ことをお伝えしなくてはならない。

けれど、茅野市も人口5万人を超えている。ちの町、玉川村、
豊平村、湖東村、米沢村、北山村以来の住民だけでなく、多
数の新しい住民が暮らしていることも確かである。

旧い村時代からの住民と、移動してきた住民の、両方の人々
が交流できる機会があるといい。

同時に、すでに何かを求める人々に向けた組織が、ファミレ
スのメニューのように、地域にはたくさん見つかるかもしれ
ない。

華道、茶道、エアロビクス、俳句、短歌、絵画、コーラス、
ダンス、詩吟、柔剣道、合気道、ウオーキング、環境ウオッ
チ、歴史、文学、等々。

あなたは、どこかのサークルに属しているかもしれない。け
れど、何かもっと別の「意味あること」が見つからないだろ
うか?

結婚して子育てしている。職業もあるから大忙しで、とても
時間が見つからない。けれど、別の生き方、別の世代のの女
たちと出会って、社会の「つながり」を考え、町内会とは違
う新しい「つながり」、新しい活動に加わることが出来ない
だろうか!

子どもの手が離れてしまった。子どもたちは親である自分た
ちとはすっかり違った考えのようだ。一人の人間として、自
分の生涯を顧みる機会が欲しい。

ちの男女共生ネットを仲間と共に立ち上げたやまねこは、少
子高齢化、晩婚化、非婚化、家族の多様化と流動化、その中
での、女たちの生き方の多様化、さらに新しい地域、新しい
「つながり」への思いをみなさんと共有したいと願っていま
す。

こんな考えにピンときた方は、どうか、ご連絡ください。
0266-71-6633、090-9664-1894
(ふじせ)kfujise@po30.lcv.ne.jp



うらおもて・やまねこでした。

女性役員のいない会社、異論が言えない組織はオリンパスだけのものか?


@@@@やまねこ通信195号@@@@

 浜田正晴著「オリンパスの闇と闘い続けて」(浜田正晴著
光文社1470円)という本の書評を読んだ(毎日新聞5/13)。

数年前まで営業の第一線にいた著者は、取引先の秘密情報を
知る社員を引き抜こうとした上司の行為を不正と考え、社内
のコンプライアンス窓口に通報。

ところが秘密は守られず、上司の知るところとなり、たちま
ち閑職へと追われた。配置転換無効の確認を求めて提訴、東
京高裁で昨年8月逆転勝訴した。

著者が弁護士を探して訴えを起こし法廷闘争を続けながら会
社勤めをした苦労が描かれている。

「正しいことでも異論を唱えれば外に出される」「風通しが
悪く、意見を自由に言えない」。オリンパスの社風はこんな
だと著者は評している。

昨年発覚した巨額損失隠し問題を調査した第三者委員会が、
同様の指摘をしているいるのも偶然ではないだろう。
以上は、書評をやまねこが短くまとめたものである。

オリンパスなどの個々の企業に関心があるのではない。そう
ではなく、企業を含むこの国の組織、役所であれ、大学であ
れ、どれも申し合わせたように、同じ体質であることにやま
ねこは驚いているのである。

どの組織も同じように、内部の秩序を最大に重視し、組織体
系の責任者が、然るべき職務を果たしていると主張している。
中間管理職が無能であったり、怠慢であったり、コンプライ
アンスを順守しないことを、組織の中の者がボトムアップす
る機関はほとんどない。

ボトムアップする窓口、オリンパスの「コンプライアンス窓
口」などに注進したら、とんでもない。注進したものがわる
ものにされて、排除されてゆく。

つまりは、その窓口は、社内の異論を取り締まり、異論を語
る者を絞め殺すための落し穴だったのだ。

みなさんもこうした現実と日常的に接触する場に居合わせて
いないだろうか。

オリンパスと同じ体質の組織は、社内の秩序を最大に重視し
ている。上意下達に間違いないことを黙認する社員だけが生
き延びる。社内の各部署の担当者の面子、名誉が最大に重視
されていている。それらが、企業そのものを代表しているか
のように。

上の政策に問題があることに対してアラームを出したり、中
間管理職が政策を実行せず、無能や怠慢であり、あるいは逸
脱を行ってるとの訴えのアラームを出した者は、息の根を止
められる。

こうした組織は、警告のアラームベルの電源を切ってしまっ
たも同然である。小さな警告に耳を傾ける能力を失ったこの
組織は、その瞬間から、崩壊への道を歩む。気が付いた時は
もう遅い。

再び「オリンパスの闇」の書評記事に戻ろう。2審で敗訴し
た会社側は判決を不服として上告。著者は職場で孤立させら
れ、仕事らしい仕事も与えられない。それでも「今日も明日
も明後日も堂々と会社に通い続けるつもりだ」と著者は語る。

こうした社員こそ、「愛社精神」の持ち主なのだ。評者のこ
のコメントにやまねこは100%同意する。

オリンパス、大王製紙、東京電力は、どれも女性役員のいな
い企業です。やまねこ通信174号をご訪問ください。



うらおもて・やまねこでした。

2012年5月5日土曜日

映画『丸岡秀子 ひとすじの道』上映・勉強会5月26日(土)、 旧中込学校訪問記


@@@@やまねこ通信194号@@@@

●「マルチな分野で本を書き、行動した丸岡秀子。女性と農村、
政治、経済、社会、教育、子育て、人権、反戦、親しい者との
別れのエッセー。シングルマザーの秀子は自立した女性のパイ
オニア。その活躍ぶりは今なら、勝間和代!けれど、弱い者た
ちへの共感に満ちているから、香山リカに相談しなくて済む、
丸岡秀子。

苦難が彼女をつよくした!ここに「あなたの物語」を発見しま
しょう」。

こんなチラシを配布しています。

信州佐久・臼田に生まれ、中込で育った丸岡秀子(1903-1990)
は、子連れで全国の農村をくまなく歩いて調査し、苦境におか
れた農村の中でも、女たちが最下層におかれ、死産、流産が多
く、堕胎、間引きの誘惑の中に生きている状況を『日本農村女
性問題』(1937年)で明らかにしました。

近代日本を底辺で支えたのが農村であったことは頻繁に語られ
ています。けれどその最底辺に女たちがいたことは、なかなか
語られません。都市女性だけに関心が集まっていた「女性問題」
の世界に、丸岡秀子は、農村女性の分野を開拓しました。都市
労働女性の多数が、実は農村の出身なのでした。

「農村女性」に対する秀子の生涯にわたる熱い思いの原点は、
秀子を生んで十ケ月後、24歳で死去した実母、その後、母代り
で育ててくれた母方の祖母、一緒に育った常、農業労働者であ
るその母ら、重労働の中で、命をつないだ信州・中込の女たち
でした。3部からなる自伝小説に基づいた、映画『ひとすじの
道』は、丸岡秀子の生涯を描いています。

会場:諏訪東京理科大学4号館432室
入場料:500円、無料託児所あります。ご連絡ください。
問い合わせ先:090-9664-1894(ふじせ)
主催:ちの男女共生ネット
後援:茅野市、茅野市教育委員会

ちの男女共生ネット主催のこの会は、これまで4年にわたって年
6回開催してきた、成瀬巳喜男映画を「女性学」「男性学」で分
析しながら、男性社会の仕組みをジェンダー批判する「講座」、
茅野市男女共同参画を進める会主催の「講座」の発展的形態です。

これまでご参加くださったみなさま、初めてのみなさまも、どう
かご参加くださいますようにお願いいたします。

●  苦難が丸岡秀子をつよくしました。
フィリッピンで原発を廃止に持ちこみ、米軍を撤退させた非核連
合事務局長のコラソン・ファブロスさんは語りました。
「事態が厳しくなればなるほど、私たち、力が湧き出すんですよ
!」
丸岡秀子も、きっと同じ思いでいただろうとやまねこは考えてい
ます。

●  丸岡秀子の足跡訪問記
  ちの男女共生ネット、キックオフの会の2日後28日(土)、
新しく発足したネットのメンバーの間で、時間の都合の良かった、
さちほさん、せいたかさん、やまねこの3人は、旧中込学校、臼田
清集館の佐々木都さんを訪問しました。佐々木さんは丸岡秀子記
念碑の建設を発案し、建設委員長を務めた方です。信濃毎日への
投稿歴が長く、文筆活動も旺盛。信州の女性の間で知る人ぞ知る
方なのでした。

丸岡秀子のことに詳しい方が見当たらないか、知人友人に問い合
わせるうち、とんとん話が進み、佐々木都さんに紹介してくださ
る方があらわれ、お目にかかることになった。

●佐久地方は、やまねこたちの住む茅野から見れば、蓼科山の向
こう側。白樺湖を越えてドライブすれば1時間半ほどで到着する。

 丸岡秀子の旧姓は井出ひでという。父の家は臼田の橘倉酒造。弟
  である政治家の井出一太郎はじめ、有力な親族を何人も出してい
  る名家である。

  けれど、秀子は、裕福な名家で育ったのではない。両親の最初
  の子供だった秀子は、母の産後の肥立ちが良くないため、母に伴
  われ実家に暮らすうち、秀子10か月の折、母が死去した。その後、
  父が迎えに来ることがなく、秀子はずっと祖父母のもとで暮らし
  た。

母方の祖父の家はかつて庄屋の家柄だったが、土地を抵当に入れ
たことが元で、地主に土地を借りる立場に転じていた。1年の収
穫が土間に積み上げられたと思う間もなく、地主の荷車がやって
きては、俵をどんどん運びだし、最後には3俵しか残らなかった。

この3俵に麦を加えて、祖父母と秀子は1年を食いつないだ。

丸岡秀子は書いている。
「私の小学校時代は、三杯飯に味噌汁と野沢菜が、毎日の食事で
した」。
「没落庄屋のぼんぼん育ちの祖父が、五反百姓となり、肩を落と
した暮らしを祖母が必死で支えている中で、若くて死んだ娘の遺
児である孫のわたしを引き取って育てることは、容易なことでは
なかったと思う。

ことに、地主小作制度のきびしい時代で、ようやくコメを収穫し
て年貢を納め、さらにそれまでにたまった借金を返したあとの自
家用米は、何ほども残らなかった。翌年の2,3月になると、農
家でいながら、コメの一升買いが始まる。
だから毎日のごはんには、ほとんど、麦が入り、「おほうとう」
といったうどんで過ごす夜も何度かあった」。
(『十代に何を食べたか』平凡社+未来社編(平凡社ライブラリ
ー))

丸岡秀子が臼田の裕福な酒造家の長女として育ったかのように語
ることは、大きな間違いである。

秀子は貧しい祖父母の家と、共に育った常、その母たちなど、最
底辺で命をつなぐ女たちの生を自分のものとして選択したのであ
る。このことを、秀子は小説「ひとすじの道」に書いた。

中込の暮らしが自分をつよい人間に育てあげた原点であることを、
小説を書きながら著者秀子は噛みしめていた。

●  旧中込学校訪問
  丸岡秀子が通った中込小学校は、明治6年(1873年)、成知学
 校として創立し、8年に校舎が出来た。現在この旧校舎は、博物館
 として、見学者を集めている木造の西洋建築。一階教室は、黒光
 りした床の上に小さな机と椅子が並べられ、机には石板が置いて
 ある。

二階は明治時代の教科書、算盤などの展示室。「井出ひで」の名
が最初に書かれた、生徒の出席簿、卒業写真も見られる。

二階の廊下に、太鼓楼入口の標識がある。薄暗い照明の中、木造
の急傾斜のらせん階段を昇ってゆく。頭をぶつけぬように気を配
りながら、手探りで登りつめたところが、太鼓楼だった。

なるほど天井を見るとその輪郭が八角形。中心から大きな太鼓が
吊り下がっている。白地の天井には、小さな文字で、地名が書か
れている。中心に中込、四方八方を囲む山の外側には信州の地名、
もっと外側には、横浜、札幌など日本の都市の地名、さらに外側
にサンフランシスコ、ワシントン、メルボルン、ケープタウン、
マドリード、ハンブルグなど、世界の都市の地名が書かれている。

八角形の天井に書かれたのは、信州中込を中心とした世界図なの
であった。
  
 おそらく普段は、子どもたちが立ち入りを禁じられていたこの太鼓
 楼。「ひとすじの道」には、卒業を控えた子供たちが、先生に連れ
 られてここに昇り、中込の向こうには、広い世界が広がっているこ
 とを、感動とともに知る場面が描かれていた。
  
●  清集館で鯉料理を食する。
  佐々木都さんは、清集館の女将さん。鯉料理が名物と聞きつけ、
 昼食をいただく。まずは鯉の甘露煮の大きさに驚嘆する。直径10セ
 ンチを超えていただろうか。ウドの炒め物、緑の菜など野菜料理の
 盛り合わせ、さらにみそ味の鯉こく。
 独特の香りの鯉料理はやまねこの大好物である。

 料理を堪能したころ、佐々木さんが、丸岡秀子の思い出話を語って
 くださる。思い出の写真が拡大して展示用に保存してあるのを眺め
 る。せいたかさんが、ビデオカメラに収めている。この映像を、
 5月26日の勉強会で映写しようとの目論見である。

 ●やまねこ一行の慌ただしい日程にもかかわらず、泰然と構えて良
 い話を語ってくださった佐々木都さん。旅館の経営に長年携わるこ
 とで自身をきたえ、内面をつよくした女性。旅館経営も、教師の仕
 事も、どちらもサービス業。どうやって、それぞれの場で、人に接
 したらいいのか。こんな切り口の話が伺える新しいロールモデルと
 して、これからも臼田通いをしなくては、とやまねこは思ったので
 した。
 
 ●午後には、高速道路経由で、上田の別所温泉付近、前山寺と無言
館を訪問した。そこにはまったく別の時間が流れていた。

●5月26日(土)「丸岡秀子ひとすじの道」は500円の有料であ
る。前売り券には八角形のマークが描かれ、中に白抜きで「ちの男
女共生ネット」の文字が書かれている。

切符はせいたかさんのデザイン、印刷。八角形のマークは、丸岡秀
子の通った、中込小学校の太鼓楼から取ったシンボルマーク。この
切符は、丸岡秀子の著作をめぐっての今後のちの男女共生ネットの
活動を象徴しています。

どうか手に取って、眺めてくださいますように。


うらおもて・やまねこでした。