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2012年11月14日水曜日

漬物のお茶請けはヘルシー、茅野市長との会談、市議会ウオッチ、松本女性センター・パレア松本での講演会のお知らせ


@@@@やまねこ通信232@@@@

大根と蕪のさまざまな種類がマーケットの店頭に並んでい
る。たてしなJ農園の店舗は野菜茸果物の宝庫。野沢菜も
短いものが、並ぶようになった。

今年はじめて、ねずみ大根というものを知った。太く短い
胴体から細い尻尾が長く伸びている。

なるほど、形がネズミに似ていなくもない。けれど食べ物
につけるネーミングとしてはどうだろう。

新しもの好きだから、買って漬物にした。コリコリして、
もろい歯ごたえ。他の大根に比べると、味の特徴が見あた
らない。

赤カブをはじめて漬物にした。白いカブより少し大きめ。
中に直系13センチ厚さ4センチの巨大サイズも。包丁を入
れると中は真っ白。麹と塩で漬けると、赤い色が漬け汁に
にじみだし、リンゴのスライスさながら。けれど、四五日
後には、皮の赤みが全体にまわって桃色の漬物になった。

カブは独特の香りがあって大根よりも柔かくて漬かるのも
早い。味は日々変化し、23日経過すると酸味が加わる。
酸味の進んだのも大好きなやまねこ。

諏訪地域の農家の先輩女性方に、この10年さまざまな仕
でお世話になってきた。行事の際やお家を訪問する折な
に、お茶うけの漬け物をいくたびもご馳走になった。塩
が適度におさえられた、野沢菜、大根、白菜、セロリ、
ス、牛蒡、茗荷などの漬物が美味しかった。

そうそう、昨日も、「十代に何を食べたか」の400字作文を
書き終えた会員から電話が掛かってきた。車で原稿を受け
取りに出かける。15分ほどの距離。畑で採れた大根のお
でんと漬物をたっぷりとご馳走になった。

洋菓子和菓子なども大好きである。けれどこれらは砂糖を
固めた甘みのエッセンス。そこに粉、卵、洋菓子ならクリ
ーム、バターなどが加わっている。

これに比べて、家で取れた野菜を発酵させた保存食、漬け
物をお茶うけにする仕方は、なんてヘルシーなんだろうと
つくづく思う。


●ちの男女共生ネットの「市議会ウオッチ」活動が11月は
続いた。

112日(金)午後は、茅野市長との会談だった。社会に
おいて、男女共同参画がどうして必要なのか、どうやった
ら、実現できるか、どんな方策があり、何が壁なのかを、
市長に理解していただくことが、会談の目的である。

今回を第1回と位置付け、今後も定期的に会談を開くこと
になった。次回は、来年1月から3月の間である。

1110日(土)には、第3回の女性市議との懇談会を開い
た。互いに相手を知ることが大切。ネットの活動を紹介し、
メンバーの自己紹介をする。議員さんの市政への意欲を伺
い、ネットが準備した質問に答えていただく。少しずつ、
市議会の様子が見えてくる。来年に予定している女性市議
のシンポジウムの準備でもある。


●松本市女性センター・パレア松本での講演会
「わかりやすい男女共同参画・なぜ男女共同参画が必要か」
のテーマで、やまねこがお話しします。
1118日(日)午前10:00~12:00
チラシをご覧ください。

松本市の男女共同参画推進委員の方々も参加される模様。
市の推進委員に対して、「男女共同参画ってどんなこと?
どうしたらいいの?何が壁なの?」というガイダンスが最
初にあったら、どれほど、その後の会議が実り豊かだろう
と、やまねこはかねがね思っていました。

このことが、松本市では今回、実現する模様です。当たり
前だけど、実践されるとしたら、スゴイ事だよね。

目下、やまねこはパワーポイントのスライドを作成中です。
松本近辺で、お時間の都合の付く方は、どうかご参加くだ
さいね。終了後、思いを語り合いましょう。



うらおもて・やまねこでした。


2012年11月9日金曜日

「十代に何を食べたか?」400字作文をお寄せください!男性のみなさんもどうぞ!


@@@@やまねこ通信231@@@@

ちの男女共生ネットは11月24日(土)の第4回はいつ
もとは趣向を変え、料理の会を開きます。地域で伝えられ
た料理を共に作り、共に食しながら、「子ども時代に何を
食べたか」を語りあう行事です。

無料託児付で30人になり次第締め切ります。お申込みはお
急ぎください。

幾度かの会議を開いて、メニューや作業の分担を相談して
います。茅野に住む人々が当たり前のように食べていた食
事を再現したい。そのため日ごろ作り慣れた地域の「賢女
」たちに教えを乞うことに。

枝豆をすりつぶした「ぬたもち」、アブラエというゴマを
まぶした「えごまもち」がメイン。さらに諏訪地方の名物
塩漬けイカとキャベツの和え物、薄揚げを広げ、野菜を巻
いて干瓢で結び、鍋でごとごと煮る料理など、子どもたち
も加わって、全員で作る予定です。

こうした料理を味わいながら、「十代に何を食べたか?」
を語り合おうという、欲ばりなイベントです。

●切っ掛けは、『10代に何を食べたか』平凡社+未来社編
(平凡社ライブラリー、1300円)という大勢の執筆者から
なる書物。丸岡秀子が「三度三度の三杯飯」をそこに寄せ
ていました。

丸岡秀子(1903-1990)は「わたしの小学生時代は、三杯
飯めしに味噌汁と野沢菜が、毎日の食事でした」と書いて
いる。

『ひとすじの道』第一部にあったように「没落庄屋のぼん
ぼん育ちの祖父が、五反百姓」となったこと。ようやく収
穫した米から年貢を納め、それまでにたまった借金を返し
た後の自家用米は、翌年の23月になると底を突くこと。

毎日のごはんには、ほとんど麦が入っており、「おほうと
う」といううどんが夕食のことも何度もあった。毎月一日
と二十八日には、塩鮭の切身か干し鰯。

山国だから、海産物には縁がなく、かまぼこは板に乗って
浮かんでいると思っていたとの笑い話も。

けれど、一年中、旬の野菜が食べられた。さやえんどうが
出来ると春が来たことを告げられるようで、隣近所に「初
物でごわす」と分け歩いた。

おやつは蒸したじゃが芋、煮干しなど。鶏は家で飼ってい
たから、卵は取れたが、客用、贈答用に使われ、自家用で
はなかった。

長野県立高等女学校に入学し、寮生活が始まると、おかず
には毎日、魚、卵がついて、カレーライスも始めて食べる。
生徒たちの食欲は旺盛で、大釜からの手盛りで、3杯飯は普
通、45杯お代りする友人も多かった。

「明治生まれのわたしたちは、米で育ち、米で作り上げた
ちゃきちゃきの体である。それも、日本の米だけで育てら
れた。米は食生活の根源にかかわるもの」。丸岡秀子は減
反政策を批判してこう結びます。

●「もぎたての野菜たちと」落合恵子。高校時代に食欲不振
になった。このことに祖母が気づき、狭い庭にトマトやキュ
ウリを植え、もぎたての野菜を食べさせてくれた。炊き立て
のご飯がしみじみおいしいことを知って、秋には食欲を回復
した。

沖縄料理のうまさを目取真俊、「かぼちゃと伊那谷の昆虫食」
本多勝一、萱野茂「山も川もかつてはアイヌの貯蔵庫」、角
田光代「うちごはん、そとごはん」、郷静子「銀めしがまぶ
しかった頃」、溝上泰子「村ぜんぶが食べ物だった」。

平凡社ライブラリー『十代に何を食べたか?』の結びを鷲田
清一が書いている。「食べないと死ぬ」から、「食べ過ぎる
と死ぬ」へ、のタイトル。貧の時代には食に共同性があった。
けれどその中に「差」が忍び込んでいたこと。だから子ども
たちは級友に弁当を見せることを嫌った。飽食のダイエット
の時代はカップヌードルに示されるように、「食」が限りな
く貧しくなった時代である。

●「400字作文」の募集に応え、すでにお送りいただいた文章
を紹介します。それぞれの世代と地域が色濃く反映され、奥行
深く味わいがあって、どれも引き込まれる内容ばかりです。
( )内に仮名と世代を付しました。

◎ 「十代の食の思い出」     
小学校3年生が第二次世界大戦の開戦でしたので、十代の食べ
盛りが食糧難の時代でした。大家族の我が家でしたが家業が鮮
魚中心の田舎の商家でしたので食には恵まれていましたが、父
が昭和19年の最後の召集で、22年の最後の引揚げ船で帰りまし
た。この間母は、町の開墾のメンバーとなったり、農家の米作
りの手伝いをし、お米を頂いていました。開墾地の畠仕事は私
たちも手伝えました。小麦、大麦、餅あわ、きび、もろこし、
じゃがいも、さつまいも等や野菜作りで本物の味が楽しめまし
た。自家製の小麦粉のすいとんほうとうの香りと舌ざわりは今
も恋しいです。ご飯は雑穀でふやし、時にはおかゆも沢山作る
のでおいしかった。この外に忘れられない味が、サナギです。
製糸工場に教婦をしていた叔母が、週末私たちの為にリュック
いっぱいにサナギを運んでくれました。このお蔭で私たちは病
気しない家族でした。  (諏訪市、はつえさん、80)

*やまねこ感想:サナギをリュックにいっぱいとは!若々しく
お元気なはつえさんのパワーの源が理解できたような気がしま
す。
                   
◎「十代前半食べたもの」
主食:ご飯が少し足りない時は、メリケン粉を水で練ってみそ
汁に入れて食べた(つみれ)。冷ごはんがあると、昼夕は、焼
きおにぎりにして(ホーロクで)砂糖みそをつけて食べた。新
米を炊いた時は、さんまのおかずにとろろごはん。
行事食:お盆には必ずのたもちを食べた。正月はお雑煮が焼き
もち。春と秋のお彼岸等には、おはぎを食べた。お盆の13日と
16日は、そうめん、うどん(乾麺)、天ぷらを食べた。1231
日のお年越は鮭だった。33日、55日は赤飯を食べた。
汁物:みそ汁が多かった。煮干しの出し、自家製の味噌。しょ
うゆ汁も時々。田んぼで取れるつぶ(貝)と大根のみそ汁(秋、
冬にかけて)。凍り豆腐を煮ものに使った。
乳:牛乳の搾りたてを沸かして飲む。家で飼っていた山羊の乳
を沸かして飲む。
漬物:野菜の塩もみ、塩イカ入りも多かった。保存用に野沢菜、
沢庵、大根菜、渋柿の塩漬け。
主菜:おかず、肉:馬肉はすき焼き、煮物。鶏肉は家でつぶし
た鶏を内蔵も。骨はたたいて団子にして鍋物へ。
鯨肉は刺身、竜田揚げ、ステーキ風。醤油をつけてベーコン。
さらし鯨は酢味噌で。
おやつ:うす焼、てっか・リンゴの塩漬け、すぐり、びっくり
グミ、桑めず、なつめ、
    こうりもち:塩入り、ゴマ入り、砂糖入り、食紅でピ
    ンクとミドリがついていた。家で作った干イモ(芋きり)
    麦芽の水あめ、かりんとうは一斗缶で買ってあった。
    アイスキャンディーなどは、自転車で売りに来た。
その他:するめ、しまへびは焼いて食べた。食用ガエルは足を
    焼いて食べた。蜂の子の塩入は家の周りの蜂の巣を取
    って。    (茅野市、しょうこさん、60代前半)     
   
*茅野の食べ物が事細かに分かります。どんな素材も、ぜんぶ、
食べつくして捨てることがなかったのは、やまねこの子ども時
代も同じでした。
                      
◎「子ども時代に何を食べたか」
子ども時代に何を食べたか?と改めて聞かれ、とても悩んだ。
朝早く納豆売りが来た事を思い出した。
「なっと、なっと~」の声がまだ聞こえてきそう。
漬け物は、畑で採れた野菜で漬けた物がいつでもあった。たま
ごは鶏を飼って、鶏肉は正月のご馳走のため、兎も飼って、兎
の肉も食べた。山羊の乳も貴重だった。山里のわりには、近所
に魚屋があり、氷の中から新鮮な魚が手に入り、そんな時は、
味噌漬けにしたり工夫していた。

昼は小学校二年生までお弁当、小学校三年生から中学三年生ま
で学校給食だった。コッペパンと脱脂粉乳が思い出される。学
校給食や家での食材の中で、鯨肉があった。生姜醤油に漬けて、
から揚げにしたものが定番だった。その他は、大豆の五目煮・
ひじきの煮物・生野菜より煮た野菜が多かった。家でのすき焼
きは、馬肉だった。
おやつは、薄焼き(余りご飯と小麦粉とたまごを水で溶いた物
を混ぜて砂糖を入れて油で焼く)また、小麦粉と砂糖、たまご、
重曹で溶いた物をリングになったお玉で揚げた、ドーナツもあ
った。
現在、おやきが彼方此方で売られているが、わが家では、恵比
須講の時期に、小麦粉に重曹を入れた生地に、家で採れた小豆
あんを入れ蒸かした物が定番だった。              
   (塩尻市、こさとさん 60代後半)

*やまねこと同い年のこさとさん、コッペパンと脱脂粉乳の給
食が同じでした。山羊乳、兎肉はさすが山国ですね。

◎「子どもの頃の食べ物について・ふと幼少期を回想して」
昭和29年生まれ。幼少期は昭和30年代でしょうか。
富山県片貝川上流に近い扇状地。川と山がすぐ近くという環境
です。
家は専業農家(米作り)です。農繁期にはお寺が季節託児所に。
そこで育ちました。
おやつは主に自然の「生り物(なりもの)」。
山や川原では、木いちご、ぐみ、あけび、いたどり、山ぶどう、
山りんご(正式名不明)等々。
弁当箱持って出かけてました。収穫できる場所は今でもよく記
憶しています。
自宅近辺では、柿、梨、りんご、いちじく、びわ、くるみ、な
つめ、富山もも等々。
近所の家の木にもよく登って取ってました。
手を加えた料理というとあまり記憶がありませんが・・・
祖母がよく「焼きつけ」と言って今で言うホットケーキのよう
なパンを作ってくれました。
こたつの中に入っていた甘酒もよくいただきました。
手作りの干しいも、干し柿、さわし柿もいっぱい食べました。
そうそう「凍り餅」軒下に沢山ぶら下がってました。揚げ餅で
いただきました。
思い起こすと結構ありますね。まだまだあったかも知れません
が思い起こすには時間がかかりそうです。
とってもなつかしいです。
   (富山県魚津市、はるみさん、50代後半)

*海に面した魚津の山寄りの土地、あたり一面、食べ物のなる
恵まれた里だったのですね。木登りをしても「女らしく」など
と、咎められることはなかったのですか。「焼きつけ」は、
茅野の「薄焼き」にそっくり。「凍り餅」はやまねこも子ども
時代、油で揚げたのを美味しく食べました。
お寺が季節託児所になったとのこと。次のテーマが幾つも思い
浮かびます。有難うございました。

◎「わたしのごはん体験(10代に何を食べたか)」
80年代前半から90年代前半の千葉県船橋市編~

<好物あるいは食卓によく並んだもの
(基本的に手作り料理)>

コロッケ、ハンバーグ、ピーマンの肉詰め、餃子、カレーライ
ス、ハヤシライス、クリームシチュー、マカロニグラタン、ト
マトパスタ、鮭・ホッケ・鰤・秋刀魚などの焼魚、鯵の海苔巻揚げ、
鯵のマリネ、ジャガイモのおもち(ジャガイモと片栗粉を練り
上げて、チーズを挟んだ揚げ物)、鶏肉料理(グリルや唐揚げ)、
ミネストローネ、お煮しめ、だご汁(小麦粉から麺を作り、味噌
汁の中に入れて根菜と共に煮込んだもの)、ちらし寿司、シーチ
キン海苔巻、鯛やマグロの寿司、オムレツ、チャーハン、ピラフ、
焼きそば、焼うどん、焼肉(牛、ラム、砂肝)、牛ステーキ、豚
肉の生姜焼き、焼き豚、筍や栗の炊き込みご飯、なます、ポテト
サラダ、きゅうりとワカメの酢の物、ゴーヤチャンプル(当時は
苦瓜と呼んでいたと思います)、天ぷら、きんぴらごぼう、ピザ
トースト、栗きんとん(サツマイモからきんとんを作ったもの)、
青菜の胡麻和え、焼きナス、ブロッコリーやカリフラワーのサラ
ダ、里芋団子、野菜炒め、蕎麦、そうめん、等々・・・。
その他あると思いますが、現在、思い出せる範囲で書かせていた
だきました。

<食卓に並んだが嫌いで口にしなかったもの>
浅蜊などの貝類、しめ鯖、いくら、うに、かずのこ、奈良漬け、
ザーサイ、高菜の炒めもの、烏賊の塩辛、メロン(フルーツのみ)、
スイカの漬物、鯨のステーキ、ロールキャベツ、フキの煮物、黒
豆の煮物、等々・・・。
その他あると思いますが、現在、思い出せる範囲で書かせてい
ただきました。         (千葉県、Yさん、40代前半)      

40代のYさん、ファミレスのメニューにも似通った、いまどきの
献立に、だご汁(小麦粉から麺を作り、味噌汁の中に入れて根菜と
共に煮込んだもの)をみつけてうれしくなりました。すいとん汁で
すね。母上の文化の継承でしょうか。

●お送りいただいた文章を一人で読むのがもったいないので、ここ
に紹介しました。
みなさんの思い出のつまった食べ物についての文章を、どんどん、
お寄せください。男性の方もどうか、ふるって送ってくださいね。
11月20日ごろまで大丈夫ですよ。


うらおもて・やまねこでした。



2012年11月1日木曜日

「女性の就労と経営参加を当たり前に」藻谷浩介氏の提案


@@@@やまねこ通信230@@@@

 日本総研藻谷浩介氏の発言が、女たちの間で評判である。
『デフレの正体』(角川書店2010年)や、講演会での
プレゼンテーションを見て、「面白いよと」と知らせてく
れた、たけさん、それにせいたかさんら、やまねこの仲間
たち。

藻谷氏は、若者たちの雇用情勢の悪化が、「不況だから」
と景気循環の「天動説」で説明されていることに対し、真
っ向から反対する。

実は「日本人の加齢に伴う生産年齢人口減少」という事態
が見逃されているのだ。

現在も大方の「思い込み」に反して、輸出が増大し国際競
争力あるこの国の課題は、内需の不振だという。団塊世代
の大量退職が、これに拍車を掛けている。

藻谷氏は、三つの「ではどうすればいいのか」を提案する。
1 高齢富裕層から若者への所得移転。
2 女性の就労と経営参加を当たり前に。
3 労働者ではなく外国人観光客・短期定住客の受け入れ。

●本稿では、女性の就労の効果について紹介しよう。
フェミニストではなくエコノミストの男性藻谷浩介氏の立
場は、女性の社会参加を権利として推進するのではなく、
男性だけが経営し政策決定する現状のままでは、この国が
立ち行かなくなるから、「残された資源」女性の力を利用
しようとの立場である。


フェミニストの主張に、ついにエコノミストが追いついた。

男性優位社会にあぐらをかいた、時代錯誤の男性たちがい
まだに支える壁を打ち破るためには、藻谷氏の考えは、強
力なハンマーとして役立つ!眼からうろこがぼろぼろ落ち
る本である。

女性の社会参加が、社会の停滞とこの国の「行きづまり」
の解決策であることについては、厚労省、男女共同参画局
のガイドラインと同じ方向を向いており、「女性が日本を
救う」とのIMF勧告とも同じ方向である。

●これまで日本社会は男社会のまま、女性の参加を本気で
したことはない。けれど生産年齢人口が減少するこの国で、
生産や経営は男性だけが担うというスタイルでは今後、や
ってゆけない。これが日本経済のブレーキとなっている。

日本の女性はパートや派遣を含めて、全員の45%しか有
償労働をしていない。生産年齢人口の専業主婦1200万
人の4割が一週間1時間以上勤労すれば、団塊世代の退職
男性のもたらす雇用減、所得減がまるごと補える。

藻谷氏は語る。
●男性が所得を得ても、老後の貯金に回すだけだが、女性
は暮しを豊かにするため消費する。女性の所得を増やせば、
税収が増え、年金、保険料も増え、新たな雇用が生まれる。

女性経営者を増やすべきだ。女性の企画した商品は良く売
れる。女性を経営側に入れて、女性市場を開拓する可能性
を追求したらいい。

●若い女性の就労率が高い県ほど出生率が高い。女性の就
労率の高い福井、島根、山形県では出生率が高い。東京は
就労率が低く、専業主婦の最大に多い地域である。「女性
が働くと、少子化が進む」というのは、間違いだ。

共働き家庭の方が子どもが多い。ダブルインカムでないと
子ども3人は難しい。人口水準を維持するには、2.1人
の出生率が必要。

●共働きであれば、「子育てのストレス」が少しは緩和で
きる。父親も子育てに参加する。
「男は仕事、女は家庭」という生活スタイルは高度成長期
以前の農民、商人、職人の過程では現実ではなく、実際に
は夫婦が共働きだった。

職業をもたぬ専業主婦が誕生したのは、高度成長以後、生
産年齢人口が激増する中で、企業戦士の男子を職場に取り
込むため、女性に結婚退職を勧めたためだった。

目下、最重要なのは、家庭を大事にして子どもを育てやす
い社会を作ること。女だけに子育てを押し付けるのは、時
代錯誤。

ところが実現を阻む壁がある。
1 男の側の心の壁「自分は男だ。女ではない」と誇りを
  持つように育てられた。
2 女の側の心の壁。
3 現実の壁(働く女の代わりにだれが家事を分担するか?)

解決策:
1 子どものころからの教育で改善。
3 高齢男性が、家事をする。若い女性が外で有償労働を
  し、所得を得るのが良い。
以上が藻谷氏の提案である。

2の解決策については、後日やまねこが提案する予定であ
る。

ちの男女共生ネットの、頼もしい仲間と、この提案を共有
しよう。

「男女共同参画」は、「女のため」の政策ではない。いの
を大事にして子どもを育てやすい社会を作るためには不
欠なのですよ。

このことに気づかない男性たちが、社会の責任ある立場に
つくことが、今日、許されて良いわけがない。
このままでは、崩壊が目前だというのに。

女たちを政策側、経営側に取り込まなかったら、先がない
のよ。IMFも、藻谷氏も同じ主張である。

ともあれ、女性を取り込むことが社会にとって有益である
ことを今日の為政者たるもの、理解して頂かなくては!

さあ、明日はハンマーを揮う日だ!


うらおもて・やまねこでした。